もうそうだぶんのかたこんべ(仮設)

こんぷれいんつ・ぶろぐ別邸。中の人などいない。

どんなあなたになりたいの?

ケリンはさ、どんなエルフになりたいの?(そういう話ではない)

 

いやまあもといダークエルフに限った話ではなくどんなエルフに、じゃねえやどんなブィッチュッバァ(ナラネイティブ発音)になりたいのかってのは当然重要な要素ではあるわけで、そもそも受肉したからといってブィチュッバァ(ネイティブ発音)になる必要はないわけで、受肉するなら何したい?受肉したい?というのは問い続けていきたい。既にそこそこ名を売っている人は大体目的はある程度持っている様に見えるし。例えば委員長に関してはネット文化に対する造詣やリスペクト、そこから自分も「斯くあろう」という目指すベクトルがあったり、例えば名取に関しては確かに手段ではなく目的になってるけどもブィになる事への意志は経緯から考えて並々ならぬと言っていい。例えばウカ様に関しては……勝手に呼び捨てにした後で別の人に様付けするの面白いな。もとい、例えばウカ様に関しては、うーん、おそらくブィ自体は手段なんだろうけども、なんだろうけどもその上で更に「好きな事をする」ってのを全く躊躇しない姿勢だと個人的には捉える。あまりにも自由すぎて捉えきれないでもあるが、それでこそ生身から抜け出す意義があるのかもしれないなあ、とか。例えばマグロナ様に関しては、これはこれ、故ukyo氏だった頃と活動自体はほぼ変わっていないそうなので。意味や目的を問う必要もなく、言い方はアレかもしれないけど、ただの素の姿にマグロナちゃんというレイヤーが被さっていて、それがそれだけで全て成立してしまっているので問いに意味をなさないんだよなあ。……それはそれで、常人にとっては理想とか願望の極致なんだけれども。その他、例えば企業産に関しては本人の目的とは別にオーディションやらなにやら水面下で研ぎ澄まされているので「覚悟」が違うであろうというのは何となく予想できる。

例えで並べた通り……いやまあやっぱり、必ずしもとは言わないが、ブィになるなら意味や目的は欲しいし、ないのなら無理にブィになる必要はないんじゃないかなあと思う。何かになりたいとか、何をしたいとか、あー、いやまあ単純に純粋に強烈な承認欲求とかがあるなら別としてだ。……私自身は誰かに承認されないと生きていたくない欲求不満爆弾楽団なのでアレなんだが。全く説得力がないのでアレなんだが。とにかく、ただVに受肉しただけでも良いのです。ただただ現実と違う形の肉を手に入れたというだけでも十分に物事の幅は広がるはずなので。「理想の肉体が欲しい」というのが目的で受肉したのなら、それだけでも十二分に幸せで、何ならマグロナちゃんよろしく日々の活動に受肉した体を被せるだけでも楽しいものになる。きっと。あるいはVRchatをただの遠隔コミュニケーション手段として使うのもアリなんだ。文章より電話よりメールよりリアルタイム性が高くて情報量が多い。自分の体を抜け出して会いたい人に会える、シンプルだけど意義深いツールでもあるんだし。だから別にVに受肉してもブィにまでなる必要はない。なりたい自分になれるのだから、なる気がない自分に必要のない者にならなくて良いのだ。

 

ケリンはさ、どんなエルフになりたいの?

 

える、僕はね――(そういう話ではない)(なお森は大火災になる)

どろていとくはかたなのあにめをおうえんしています

いや本当ですよ?刀のアニメを応援しているんです。うん。つかもう私が応援しなくたってほぼほぼ約束された成功の剣なんですけどもね、そんな事よりとにかく刀のアニメを応援しているし応援して欲しい。

 

「船の代わり」に。

 

半分は本気だし、でももう半分はなんか形容しがたいもやっとした、どっちかっていうと暗い願いとして応援しています。はい。

そもそも刀のゲームの時点で「企画書に船の方のゲーム画面そのまま貼っつけてあった」みたいな話があって、それは堂々と明かされるべき話ではなかったのではないかと思ったりもしたけどそれはそれでまあそれ以外のDMMのゲームが軒並みアレだったりアレだったりしてるのを考えたら成功例として挙げられても仕方ないし実際船の方が成功して以降それっぽいゲームもあちらこちらで散見されたりした気もするし何よりこういうのは制作サイドとプレイヤーで考えが同じとも限らんわけで正味そんな流れなんてどうでもよいのでお互い仲良く盛り上げられたら良いなあって思っt……いや、正直その時点でそこそこに船のゲームも斜陽だったからようやく後継ぎが生まれたかな……って思ったりしてたんだけどなんだかんだ言うて今に至るまで船の方は地べたを這いつくばりながらコンテンツとして生きてるのか死んでるのかわからないけど存続しているしその横で代替的でも大々的でもないけども決して失敗をせずに残っている刀ってのもあって、今になって考えたらようわからん状況だなあって。とにかく個人的にとても大きな偏見をベースにした考えの中では刀は船の通った道を後ろからついてくる大事な後継者みたいな、そういうやや見下した観点で考えてたりしてたんですけど、まあご存知の通りいろいろと船の方は失策をポンポンと繰り返してきた現状があって、そのたびにゲロ吐きながらユーザーとしてついてきてたのが自分でもありまして、刀の方はこうはなるなよ……って思ってたら本当にもう綺麗に地雷を避ける様な形で動いてるもんだからホントね……だんだん「お前も同じ失敗してくれよ!」ってちょっと思ったりするわけですよ。具体的な話として一番わかりやすいのがやっぱりアニメの方でさあ。だってさあ。

 

・そもそも最初から日常よりの「花丸」とそうでない「無印」の二本立てで制作している

=ホントね。船の方もいっそあのアニメ版と別に公式四コマも一緒にアニメ化すればよかったのにね。そうすればバランスが取れたのに。

 

・毎週OP直後にいちいち「この作品はこの本丸に限った話だよ!公式解釈とは限らないよ!」って念を押してくる。

=ホントね。船の方はほぼ公式解釈みたいな感じで演出してる上にゲーム版でアニメの流れを逆輸入しちゃったからね。ユーザーの妄想が膨らみすぎてる作品なのに積極的にぶち壊しに行ってた。

 

・さにわはいるが絶対に画面に映らない

=いや、それはなんで踏襲した。別にいなくてもなんも問題なかったろ。むしろ船のアニメを見た人間にとってはいない方が安心するぐらいなんだからさ。なんで踏襲した。ねえ。

 

・単純にクオリティが高い

=ホントさあ。ってか動画工房ユーフォーテーブルとかちょっと制作豪華すぎないか刀。クオリティだけで見てもちょっとうらやましいぞ。こっちなんてしょっぱなから水上スキーだとか弓道警察だとか映像表現でボコスカチャンスされてたんだぞ。

 

なんなんこの違い。どう考えても「俺(船)を踏み台にしたぁ!?」みたいな避け方ではないのか!?正味OP直後のテロップみた時点で発狂したよアタシぁ。イヤミか貴様ッ!!!!

そんなんだからもう2話目見た時点で一つ一つの演出に船を幻視しながら見てますよ。一部の演出や設定がゲームからのフィードバックなあたりとかもう。いちいち六人編成で出撃……出陣してるだけで猫とか羅針盤とかあるはずのないものに思いを長谷部だよ。ホントさあ。なんでこうならなかったの。なんで……なんで船はこうならなかったの……普通に考えてこうならない方がおかしいだろ……どこで失敗した……いや目に見えてるけどもさ……つかもう根本的なところから言ったらアニメ以前にゲームの運営のところからアレだった気もする……

あーーーーーーーー改変したい。歴史改変したい。刀じゃなくて船が花丸だった歴史になれ。マジで。精神的にはすでに一秒ごとに世界線を越えてるぐらい摩耗してるんだ。ちょっとぐらいダイバージェンス変わってもよいだろう。なあ。改変してくれ。もう俺歴史改変主義者になる。なるけども、歴史改変主義者って刀の敵だから切られる側なんだよな……正しい歴史だもんな……仕方ないよね……ここは潔く首落ちて死なないといけないよね……つらい……つらい……

 

 

 

 

とにかくまあ、私個人としては刀のアニメを応援しています。俺(と船)の屍を越えて行け。

……でもやっぱつらい。 

かおじゅういぬまみれや

えーっとね、犬日々三期一話の感想をまずね!雷ドバーンって落ちてきた時は何か割とでかい事件とか起きないかなあって思ったけどそんな事なかったしまあそれは過剰な期待だから良いとして、現状でも多すぎる位キャラとキャスト使ってるのにまだ追加するのかよ既存キャラで何人登場しないんだ今期はって。

2期から3期までの間にブランクがあったせいもあるけど未だにキャラの大半の名前を全然覚えられてないぐらい人数いるんだからそっちの掘り下げだけでも大きめに話を作れそうな気がするけどどうなのかなって!ってか前期ゴドウィン将軍喋ってたっけ!?いやまあキャラとキャストが多い分には悪くないんでしょうけども!そんだけ一度に動員出来るぐらいの大プロジェクトなんだなあって思うしだからこその3期なんだろうって思うから全然一向に全くもって構わんと思いますけどね!うん!ってか別に制作的な部分とか自分全然一向に全く持って分からん人間だからそこら辺にケチつけるのは間違ってると思うしそれはまあ別に良いとしてさ、とにかく一話目の感想そう内容の話であって。うん。

正味こう、落着地点が未開の森とかってのはちょっと悪くないかなって最初は思ったりな!魔物退治とかフロニャ力がない場所ならもう少し命がけっぽい所が入るだろうし少しは心躍る冒険が出来るんじゃないかなーってちょっと期待してたんだけどよくよく考えたら二期でも同じ様に魔物退治とかやってた気がするけどあんまりそんな命がけって感じじゃなかったし正直魔物退治って殆ど見にクエストの消化程度のゆるい冒険だった記憶があるのであんまり胸躍らないし心躍らないしオケアノス見えないしそうなると今回もちょくちょく新キャラはさみながらミニクエスト消化したりチマチマ戦興行で遊んだりする感じのフィラーエピソードが本編です的に1クール消費するのかなあ~って思うとちょっと何か期待度下がっちゃったりしてってまあ全部ただの邪推なんですけど!

ただ前にも言うた~っつっても割と文章的にグッチャグチャのベッチャベチャだったから改めて言うけど別にドキドキもない平和な冒険しかしない犬日々が決して悪いなんて訳じゃなくて寧ろそれこそが犬日々そのものなのだって思ってるからそう言う「在り方」みたいなのが個人的には興味深くて好きよ。

アレはちょっとした日常系の一つの形ってのに過ぎない訳であって壮大な物語みたいな物とかそんなものは割と初期の段階からガンジス川あたりに投げ捨ててるわけですよ。アクションも欲しい魔法も欲しいスカッとする活劇が見たい!でもどろどろしたシリアス展開はいやだし出来れば平和的な日常が見たい!そんな欲望をかなえてくれるまるで極上のパフェ40kgみたいな形が犬日々って物だと思ってるんですよ!一期全体が完成された世界観の説明と勇者が勇者らしく英雄らしく英雄譚したという前提のために作られた話で、次の二期、三期はその前提を踏まえた上での平和なアクション日常魔法冒険活劇って言うそう言う構成としてプロジェクトが展開しているのだろうなって理解してるし自分の知る限りだと割と類を見ない奴だと思ってるから興味深いんじゃないかなあって、思います(潮並感 あくまであれは日常系とかゆるふわ萌えアニメの一環であって決してシリアスとかなんもないのだと、一種の日常系アニメって言うくくりの中だと極北……は多分キルミー辺りが入るからまあ極北辺りに存在する物体だと思うんですよね。と同時に本来普通に考えて表に出る上での作品って言うと必要とされるのは前提としてのみ作られた一期字体であって二期以降はメインではないってか同人みたいな個人レベルで描かれるものなんじゃないかなって思うデスよね。世界観があって勇者がいて冒険がある話こそがメインであるはずなんだけど、アレは敢えてソレを早期に消化した事が面白いんですよ。「勇者が平和にして楽しく過ごしましたおしまい」の、後の部分をメインとして作られているっていう。
そんなのは本来個々人が勝手に妄想していれば良いんじゃないのかって要素であるはずなのにソレを敢えて主題に据えているのが不思議だなあと。それが犬日々の「在り方」の面白さなんじゃないかなあと思うんで、別に三期になって状況が急変して血沸き肉躍るサツバツアニメイシヨン!とかしなくて良い。寧ろ女の子が降って沸いてオッパイが踊る様なそう言う感じで全然続けて貰って構わないんじゃないかな!二期も三期も同じ!ってなるとマンネリになりそうな気もしないでもないけどそれは長く続ける事で定番化させようって事だと認識しておく事にする。

しかしまあ相変わらず感性がゲスいなあって我ながら思ってしまうのは本当にあんまりにもフロニャルドが楽園すぎてやっぱちょっと血が見たくなったりする所とかな。うん。あと良い加減こっち側がフロニャルドに行くんじゃなくて向こうから地球に来てくれても良さそうなんじゃないかなって思ったけどフロニャルドが楽園ユートピアガンダーラとして完璧すぎて地球なんて見たらあそこのケモミミ種族の人たちはみんな目が死にそう。シンクの住んでいる世界は割と地獄なんですね……心が乾く。

きょうしんじゃ・こえい、ふたたび

久しぶりに消失イベントですよ!ハルヒ公式で消失イベントですよ!ヤッター!もうどれ位久しぶりかわかんないぐらいですよ!もうテレビ放映も劇場版も終わって随分たってしまってもう公式サイトが動くタイミングなんてせいぜい安っぽい出来のエンドレスエイトイベントの使いまわしぐらいですからね!エンドレスエイトだけが原作同様にループし続けてるって言うね!なんつってな!とにかく何よりまたこうやってお祭り騒ぎできるってだけでもう自称信者としてはもう絶叫モンですよ!っつってもお祭り騒ぎしてるの俺だけだけどな!あとあれ!アレ!入部届け!入部届け受け取ったかい君は!受け取ってない!?信じられないね!なんだったら僕がこの場で複製して家の近くでばら撒いても良いくらいだけども流石にそれは良くない気がするし折角だからみんなも公式サイトを見に行ってしっかり長門さんの手から直々に受け取ってもらいたいな!よかったら!よかったら!よかったらね!そして更にもう、と言うか今回わざわざ久しぶりにイベントが始まった理由なんでしょうけどもあれですよ、「長門有希ちゃんの消失」アニメ化ですよ!素晴らしい!最高ですよ!いやまあ出来ればそりゃあ原作のアニメ化であって欲しいのは勿論だけれども驚愕編で止まってしまってる現状からしてどう考えてもそりゃあ原作ストック的に無理があるわけでして、じゃあまあそれでも派生作品であってもまたこうやってアニメでハルヒシリーズを見られるってだけでも十分に十二分であると言わざるをえない限りですし、だってあれですよ動く長門さんが見られるんですよ最高じゃないですか至高じゃないですか究極じゃないですか!ちなみに読んだことない方に説明するとまあ原作で提示されたパラレルワールドの可能性ってのを使ったIFみたいなお話でしてね、長門さんが内気で普通な文芸部員として淡く切ない恋とか笑いとかそう言うのを日常的に描いていく的な奴でして、まあ一言で言わせて貰えばそう、

 

同人でやれ

 

っていう、ね!まあハルヒちゃんとかちゅるやさんをアニメ化してる時点で今更な話ですしそこにツっこむのは野暮だと思うんでスルーして下さい。とにかく長門さんが可愛い漫画です是非読んでアニメを見る前に予習しておくと最高だと思います至高だと思います究極だと思います!みんな大好き長門さん!子供も大人もおじいちゃんも大好きな長門さん!犬も猫も人間も男も女もそうでない人もLの人もGの人もBの人もTの人も宇宙人も未来人も超能力者も異世界人も主流派も急進派も穏健派も天蓋領域も神人もカマドウマも彷徨う影も宇宙ライオンもみんな大好き長門さん!猫も杓子も長門さん!そんな長門さんがアニメーションでまた見れる万歳!万歳過ぎてそのまま崖からクリフ!クリフからダイビングしてそのままハンガーできるくらい万歳!!って言うか何より消失イベント万歳!僕が生きる理由が増えました万歳!インフルエンザでぶっ倒れてそのまま意識を手放して生死の縁を彷徨ってた時に「消失の長門さんを見るまで死ねない!」と思ったら何とか意識レベルを取り戻して命を吹き返したので長門さんは僕の命の恩人です万歳(※本当)!命の恩人長門さん万歳!消失イベント万歳!なんだったらそのまま陰謀イベントも来年辺りやってください万歳!

めいじょうしがたいてんさいたち

頭が良くなりたい。

頭が良くなりたいという願望は今でも頭と胃の腑の辺りを漂い続けているし、寧ろ以前より一回り二回り三回りも大きく膨れ上がっている。何せ自分の周りには頭の良い人間たちが多いからだ。彼らの近くにいると常に自分の馬鹿さ加減が際立って見えるし辛くて仕方がない。彼らが何を言っているのか分からない。彼らなりに馬鹿の僕にも分かりやすく説明してくれる事もあるが、それでも分からない事は分からないし何よりこの彼らの善意がひたすらに劣等感に火をつける。わざわざクッソ馬鹿な僕のためにとても分かりやすく言葉と内容を咀嚼して流動食の様に喉に流し込んでもらっているというこの優しさが。それでもなお何を話しているのか分からない。分かったとしてもそこに自分が意見出来るわけもないので粗雑な相槌が限界になる。だから彼らの会話に私が介在する余地も必要もない。仮に彼らの議題が僕自身であったとしても。

僕に何か問題があったとしてどこがどう問題なのかを僕自身に話しても理解することは出来ないし、だから僕自身の問題すら彼らの中で議論されて、彼らなりのロジックで解決を見たり見なかったりする。最近は未解決の方が多いけど。

それでも僕の問題は僕の問題である。彼らが僕に理解できないロジックで話していたとしても「コイツが馬鹿なばっかりにこんな事になってるんだが」とか「コイツの馬鹿を直すためにはどうすれば良いのだろうか」とか言われているのである。多分。つまりは僕が馬鹿である問題児であると言う事は他の人間からしても――勿論そんなことを表沙汰に見も蓋もなく言葉にするのは失礼に当たると言うのは彼らなりにしっかり把握している様なので明言はしない、または僕に分からない様なロジックや言い回しでもって表現しているのだろうが――共通認識になっているって事であるし、いやまあそこは否定できないし寧ろ体全体を使って肯定を表現したいくらい僕もそう思っているぐらいなんだが、しかしまあ何だか自分以外の人間に馬鹿呼ばわりされるのは何だか気に食わない。だからこの問題を解決するために僕は頭を良くしならなければならない。頭が良くなれば彼らが何を言っているか理解する事ができるしこの劣等感を解消する事ができる。しかし以前にも言ったとおり頭が良くなると言う事は今の自分と言うアイデンティティを殺すことになる。馬鹿な私なりに馬鹿な選択をして馬鹿な人生を生きてきたからこそ馬鹿たる今の自分がいるから。つまるところ私という人間を構成する要素の一つが「馬鹿」であるからして、頭が良くなってしまったらそれは最早私ではない何かである、と。頭が良くなると言う事は今の自分の死を意味する。馬鹿を否定する事は自身の否定につながるからして、私が私である限りは頭が良くなることは出来ない。私は一生彼らが何を言っているかを理解する事がないまま劣等感を抱えて生きていかねばならないのだ。

そんなに劣等感ばかり持っているのならさっさと絶交してしまえば良いのに、と思う人間もいるかもしれない。

が、そんなんで何とかなるならとっくに縁を切っている。実際無理なのである。彼らと出会ってしまった時点でもう手遅れだったのである。彼らの頭の良さに触れてしまったが最後、その場に頭の良い人間たちがいてもいなくても「もし頭が良い人だったら」と言う仮想が常に付いて回る。人生に「もしも」はない、なんて格好良く決めても良いかもしれないが、目の前でその「もしも」の可能性を持つ人間を見てしまえばそんな格好つけた言葉がばかばかしく感じるはず。踊る阿呆に見る阿呆、踊っていても見ていてもどちらについても常に「阿呆じゃない人たちならば、」と思わざるをない。頭の良い誰かは常に僕の上を行っている。僕の分からない言葉で僕の分からない論理で僕の分からない何かを考えて僕の分からない方法で僕の分かる物事を動かしている。頭の良い誰かが今も世界を考えて世界を動かし続けている。今もどこかで。まるで名状しがたい神々の様な、コズミックホラーめいた畏怖の念を覚えながら、まるで陰謀論に憑り付かれたかの様に恐怖し続ける。酷い妄想だと馬鹿にされるかもしれないが、いつも僕は彼らと会って会話(として成立していない言語のやりとり)をしているし紛れもない現実だと僕は認識している。今だってすぐそこにいる。

ああ!窓に!窓に!

おもしろげしゅたると・あらため

「もうお前何が面白くて生きてるんだよ!?」

と聞かれたら今の自分は何も答えられない段階にまできている。そもそも面白いってなんだよ。面白いって。感情とか感覚とかじゃないのかよ。アニメ見たり漫画読んだりゲーム遊んだりしてて何となく面白かった(小並感)ってもんじゃないのかよ。

 

違うらしい。何のどこがどういう風に面白かったのかを感じて考えて答えを出さないといけないらしい。そんな面倒な物らしい。いやそれが本来至極当然と言うらしいからにはオカシイのが自分なのだろうけどもやっぱりとても回りくどく感じるし意味も分からないし実行できる自信すらない。しかしそれでも面白いというのはそういうものなんだと。「例えば飯食った時に"甘かった""苦かった"だけしか感じないはずはない。"納豆の粘り気とズッキーニのみずみずしさが合わさってエスニックな辛さをフレンチの様な塩気を引き立てて美味"みたいな感じでもっと色々な味があるはずだしそれを感じて考える事が出来る筈だし面白いと言う感覚もそれに近いはず」……らしいのだ。なるほどなるほど言わんとしている事は分からんでもないが。しかしそれでも感覚的な、実践的な理解が全く出来ない。自分がアニメを見た時の面白さを、脚本や演出やメッセージ性の中に見出して解読しようだなんて出来るわけがない。いや実際それを行っている人間はそれなりにいるはずだし技術として可能なのは知っているが自分の感覚としてそれを取り込む事は今の所全く、本当に全く出来ていない。そんな訳で、現在の私は自分の中で面白い楽しいと思っている事がなぜ面白いのか全く分からない。ただ何となく惰性で様々な作品を見聞き遊んでインプットしていてもそれが何が楽しいのか全然分からないのでもう、面白いって何なんだろうなあと漠然と思い始めてしまう。今の惰性で続いている作品が終わってしまったら自分は次はどうなるのだろう。「面白い」が何なのかも分からない以上新しく作品を手に取ろうと思っても何の指針も立たない。何が楽しいのかも分からずに何かを手に取ろうだなんて出来るわけもない。面白いって何だ。自分にとって面白いとはどういう物事を指すのか理解しなければならない。でなければ前に進めないから。しかしながら確信的直感としてこれはもう生涯分かりそうにないと言う気しかしない。つまりは割と早い段階でこの人生手詰まりといった感がココ暫くの間で随分と渦巻いているわけである。今更ながら。

或いは創作、出力するという手順から自分の中の楽しいと思える要素を探し出す方法もあるにはあるらしい。例えば小説なんかを書こうとした場合「このシーンはこういう風に書いた方が格好良い」とか「こういう展開にした方がドラマチック」みたいな感じで、自ら描写する事で自らが好きな描写を知る方法。しかしこれもまたしかしながら自分は創作とか小説とか自分で出力するのが大嫌いである。いや出力する人自体は決して嫌いではないし自分に出来ない事をしているのでとても羨ましいというか羨望と言うか恨めしそうな目で応援するつもりではある。ちっ。

でも自分で小説なり何なりを書いたり描いたりするのはどうしてもいやだ。特に顔を見知ったリアル知人や親戚相手になると本当にいやだ。何かやってーとか言われたらそれだけでチンパンジーの様に暴れたくなるぐらいにちょっとしたコンプレックスの様相を呈している。といっても自称するコンプレックスほど疑わしい物はないのでこんなものはただの自意識過剰程度の物なんだろうが、まあとにかくやりたくない。なぜなのかといわれても正直分からないが、何となく書いても描いても回りから馬鹿にされると思うし思い込んでいる。相手が決して貶したりしない良心的な人間であると知っていてもなお絶対に馬鹿にされる見下される陰口を言われるという妄想が頭から離れない、と言うか精神のどこかに釘を刺している。この並々ならぬ(とか尊大にも自分で断言してしまう程の)嫌悪感はどこから起因する物なのだろうか。これもまた、実際に書く描くという手順を踏まなければきっと解読する事は出来ないのだろうし、こんな異常な感情はどこかで解消しなければいずれ何らかの支障をきたすであろうと言うのは想像に難くない。直さなければならぬ。しかし、やっぱやだー。絶対やだー。直すっつったって結局逆療法まがいの方法になるんじゃん。辛い。マジつらい。この辛さ分かってくれんだろうか。分からんだろうなあ。分かる様な同類がいたらソイツもまた残念な私と同じ様に残念な頭をしているのだろうし、いない方が良い。きっと。

かくしてやっぱり何が楽しいのかも何が辛いのかも分からなずお先真っ暗どころか足元、いや寧ろ自分自身が真っ暗で見えない状態のまま止まりかけの惰性で怠惰で退屈な我が生活が続く。

あー。ACVD買いたかった。何が楽しいのか考えようともしない馬鹿のままで、ただ続編だからと言う理由で意味もなくACVDを買いたかった。その方がよかった気がする。そうすれば少なくともその瞬間だけは「あーまーどこあをうごかせてたのしかった(小並感)」みたいな馬鹿短絡思考でそれなりに面白おかしく刹那的に生きていけたかもしれない。結局何が面白いのかは、分からないままだけど。